「はっ…はっ…はっ……!!」
突然降り出した大雨に打たれながら、それでも、心臓マッサージを続けた。
髪は荒れ乱れ、雨に濡れた髪が表情を隠す。
「戻ってきて…もっさ…!」
息が切れながらも、絞り出すように声をかけ、必死に懇願しながら、ただひたすらに胸骨を等間隔に圧迫する。手が血で真っ赤に染まっていても構わなかった。それを山さんは目の前で見ていることしか出来なかった。山さんだけじゃない。誰も止めはしなかった。
もう、手遅れだって。誰もが知っていたから。それでも、藍のあんな顔を見て、誰が止められようか。
「藍、もっさは…もう…」
ようやっと、山さんが重い口を開き、力の抜けた声で話しかける。
「いやだッ!!!もっさは…もさふさはこのチームに居なくちゃいけない!私達の…チームの…ッ…最初の家族じゃない!!!」
スイに教えてもらった救命方法を信じて施術を続けた。だけど私も本当は分かっていた。輸血術が既に間に合わない状況であること。そして何より、彼の指先が既に灰化し始めている事を。
ついぞ耐えきれなくなった山さんは手が白くなるほど強く拳を握り、歯を食いしばって叫んだ。
「もういい…もう止めてくれ!!!」
大雨の音を打ち消すかのように、山さんの声が響く。その芯にまで響く声に肩をすくめ、押していた手の動きをぴたりと止めた。
分かってた。
もう助からない。
もう帰って来ることはない。
もう、二度と。
「ヤマタノオロチルイウ…」
その名が表す通り、頭が8つある大型の蛇が合体したようなその姿。どんなプレイヤーでも歯が立たず、数多もの犠牲を出した過去最凶のルイウ。
セカイのパワーバランスが整う前に生み出された古のルイウのひとつで、そのレベルは現状最高の10レベルを軽く超えていた。しかし、ルイウリーダーでは10以上の表示が存在しない為、10レベル以上の強さは測定できない。誤表示とも言えるようなものであった。
上記のルイウによって同年組チーム2名が死亡した事件。この事件は同年組に大きな影響を与えた。
セカヒト2013本編以降に発生し、数年後の外伝や本編で少しずつ当時の内容が明かされた。
気が付いたら目の前のルイウは大量の灰となって光に反射する粉雪のように輝きながら風に流れていった。
どうやって倒したかは何も覚えていない。そう、全く何も、だ。
「そうだわ、他のプレイヤー…女性?だったかな、声はもう覚えてないけど、その人に頭ひとつだけ相手しろって指示されて、私達全員それだけに集中してたのよ。だから、トドメを刺したのは私達じゃないわ」
「あー、なんかそれ言われた事は覚えてる。あれ、結局誰だったんだろうな?」
記録上、当時の同年組だけでは討伐しきれなかったと言われている。
突如現れたプレイヤー達によって討伐されたが、彼らはこれ以降姿が確認されていない。
・山さん
もさふさに守られた。1度の戦いで2名も死亡し、当時リーダーだった山さんはその責に耐えきれずにリーダーを辞退。しばらく傷心気味で、身を痛めつけながら修行に明け暮れ、炎属性を取得する最初の一歩を踏み始めた。
・スイ
ダークネスに守られた。かつての想い人だったその影響は重く、心の拠り所を失って絶望する。また、もさふさとは最初に仲間になった縁もあり、心の傷をさらに深くした。結成時のメンバーだった藍や山さんまで突如姿を消した事で孤独となり、一度は投身自殺を図るも、ふぇんりるに助けられる。
・藍
元々家族同等の扱いをもって接していた。死亡した2人の取りこぼされたメモリーを死神ライセンスをもってメモリールームのある恐山へと運ぶ。そのまま恐山エリアを中心に武者修行へと突き進み、約3年ほど表立って姿を見せなかった。
・直
もさふさの死亡の旨は藍から聞き、守りきれなかった当時のリーダーの山さんに怨嗟を募らせた。
・ノーザン
リーダーを引き継ぎ、ふぇんりるのチーム加入への交渉、顔見知りだったマキとノブとの会話を経てチームの新編成を行っていく。2015年のPOバッジ事件の時に溢れかけていたプレッシャーの限界を迎えてしまう。
・イカ
友の死も辛かったが、ノーザンがその後の動きで奔走している姿の方が辛く、精神的に支えようと尽力した。
・大黒屋
心を痛め、しばらく部屋に引きこもっていたが、それ以上に山さん、スイ、藍のダメージの重さを見て少し冷静になれている。
・謝朔
チーム内で最も非力である事を自覚していたため、力不足の自分を責めていた。
…8年前のあの時、あのルイウを倒したプレイヤーは、私自身だったのだ、と。
そう理解した頃には、スイを含む4人は真っ白な光に包まれる。もう、一生見ることはないその景色を、空気を、過去の自分を、最後まで瞳に焼き付けて。
力で圧倒された当ルイウの討伐がどうやって完了されたのかは長年の間不明だったが、2021年の本編にて、ヤマタノオロチルイウを討伐したのがAWの時間逆行バグで降り立った未来の自分たちであることが判明する。
作中では過去の自分たちと僅かに干渉したものの、仲間の死のショックが重くて余裕がなかった事や、未来の自分たちであるなど全く想定していなかったため、干渉した時の記憶がほとんどない。山さんの赤い帯が唯一の物的証拠となった。
スイ、山さん、藍の3人は仲間の死を乗り越えた証【志技】を発動し、その三連撃によって討伐が完了する。
当時はまだ志技の存在もない時代。未来の彼らが来なければ明日は無かっただろう。
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